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第4日目:バーゼル〜ドイツ・ヴィトラ社→ベルン

バーゼル2日目。
8時に起きて1階まで下りて朝食を食べる。






←ユースホテルの部屋の中。
風呂と便所がないのは何かと面倒ではある。

風呂がないので洗面台で洗えるかぎりの部分を洗う。
ずぶ濡れのスニーカーは、降り止んでからもひたすら歩き回った
上で窓の外に干していたため、すっかり乾いていた。


←ユースホステルの裏は
 けっこう広々とした中庭。

9時30分頃チェックアウト。
そのとき借りていたアダプターを返した。
「預かり金とかなかったか?」と訊かれ、
ようやく借りたときに女性スタッフが
説明していた意味が分かった。
本来は何か担保を預けなければならないのに、僕が理解できず見逃してもらったのだ。
それにしても用意していたアダプターが使えないとなると、新たに買うしかない。

近くに電化製品店がないかスタッフに訊いたが、向こうも英語があまりよく分からず
説明しづらいようだった。

困ったな、と思っていたらひょこっと後ろから日本人らしいメガネの青年が現れた。
「日本の方ですね。電気屋さんを探しているんですか?」と言うなり、ドイツ語でスタッフと
会話し始めた。しばらく経って「バーゼル駅に行くなら、彼が言っているのより
いいところがあるから案内しますよ」と言った。
道すがらお互いの自己紹介をした。
彼は偶然僕と同じ35歳で高校を出てしばらくフリーターを続けた後、ふと思いついたように
オーストリアに渡りウィーンの美術大学に入ってサイン関係を勉強し、渡墺8年経った今では
講師となって学生を教えているらしい。
今日はバーゼルでデザインエキシビジョンがあり、学生を引率してきたものの彼らと一緒に
ドミトリーで雑魚寝などできず、かといってスイスでも特に物価の高いバーゼルでホテルに
泊まるのも嫌になり、中途半端なユースホステルに泊まることになったという。
僕は東京の設計事務所に働いていて、休暇をとって旅行をしているのだ、という説明をした。

彼は将来に不安を感じているらしく、いつまでもウィーンでデザイナーもどきの虚業ばかり
していられない、いつか日本に戻らなくてはいけないけれどどうすればいいか分からない、
と悩んでいるらしい。

そうこうしているうちにすぐ駅前に着いた。なるほどその電化ストアは本当に駅から
ダイレクトに入れる店だった。彼に礼を言い、名刺交換をして別れた。
「こんな物価の高いスイスなんか回らずに、オーストリアに来た方がいい」と奨められた。
時間が取れればまた連絡してウィーンに行く、とかたちばかりの挨拶をした。

駅前でトラムの路線図を広げていると、また「大丈夫ですか?」と若い女性が声をかけてきた。
本当に信じられないくらい親切な人が多い。
特に女性から声をかけられたのはここ2日間で3回目。
もしかしたらスイスでは日本男児はもてるの? という誤解さえ抱きかねない。

閑話休題、トラムでバイエラー財団美術館に行く。
けっこう混んでいて、困ったことにスイスパスでは
入場料免除されない。






レンゾ・ピアノ設計のバイエラー財団美術館。
一応二次的な照明も付いているけれど
原則的には自然光によるトップライトだけ。

空が曇ると、ときおり暗過ぎて作品がよく見えなく
なることさえある。
ムンクの特設をやっていた。


ジャコメッティの彫刻群が池に向かって並ぶ。








バイエラー財団美術館からいったん
Claraplatzまで戻ってきて、近くのATMで
スイスフランの一部をユーロ換金して
ドイツ国境を越えるトラムに乗って
ヴィトラの工場へと向かう。

パラノイア的にうごめくフランク・O・ゲーリー
設計のヴィトラ本社ヴィラ。


まわりに広がる芝生には、柳宗理デザインの
白いエレファント・スツールが点在して
これまたシュールな光景を呈していた。

工場内を案内してくれるツアーまで
時間が空いているため、しばらくあちこち
うろうろする。

工場の周囲は絵に描いたような田園風景が
とても美しい。

ツアーが始まり、まず安藤忠雄設計の
セミナーハウスに向かう。
この静謐としたたたずまいに
日本に戻ってきたような安堵を感じる。
安藤のデザインに対する鋭敏なセンスは
海外でばったりその作品に出会ったときこそ
よく伝わってくるような気がする。


セミナーハウスの内部体験は、その外観とは
まったく対照的にダイナミックそのもの。
地下へとつながる吹き抜けと円筒形の壁面構成
といえば、青山のコレッツィオーネで多用される
手法を髣髴させる。

ディテールをよく見ると、安藤がよく使う
Pコンと形状が違ったり、釘の代わりに
ボルトを用いていたりと、コンクリート打放しの
事例が少ない当時にいろいろ苦労した形跡が
うかがえる。

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コメント
とても魅力的な記事でした。
また遊びに来ます!!
| 履歴書の添え状 | 2014/02/18 12:29 PM |
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